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東京地方裁判所 昭和42年(行ク)28号 決定 1967年7月10日

申請人 春闘共闘委員会議長

被申請人 東京都公安委員会

主文

申立人の昭和四二年七月五日付集団示威運動許可申請に対し、被申立人が昭和四二年七月七日付でなした別紙許可に付された条件のうち、「公共の秩序を保持するため、申請にかかる集団示威運動の進路を次のとおり変更する。

日比谷大音楽堂~西幸門~霞が関派出所前交さ点~大蔵裏交さ点左~三年町交さ点~溜池交さ点~山王下~ホテルニユージヤパン角右~永田町小学校裏右~永田町派出所前~日英自動車角左~溜池交さ点~虎の門交さ点~西新橋一丁目交さ点~新橋大ガード手前左~第一ホテル角右~土橋(解散地)」

の部分の効力を停止する。

申立費用は、被申立人の負担とする。

理由

一  申立ての趣旨および理由

別紙一に記載のとおり

二  被申立人の意見

別紙二に記載のとおり

三  当裁判所の判断

1  本件申立てと疎明によれば、申立人が春闘共闘委員会の議長として、昭和四二年七月一二日対政府四大要求(健保共済改悪反対、全国一律最賃制確立、失保改悪反対、CO中毒立法制定)実現のため日比谷西幸門から新橋土橋まで集団示威運動を行なうべく、昭和四二年七月五日、昭和二五年東京都条例第四四号「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」一条に基づき、被申立人に対し、別紙三の一記載のとおり、右集団示威運動の許可を申請したこと、および被申立人が同月七日付をもつて、別紙三の一記載のとおり、別紙三の二の条件を付してこれを許可したことが認められる。

以上の事実関係のもとにおいては、集団示威運動の本質にかんがみ、行進の進路の変更に関する本件申立てについては、回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるものと認めるのが相当である。

2  ところで、昭和二五年東京都条例第四四号「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」三条一項は、「公安委員会は、前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。」とし、また「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」に関し必要な条件をつけることができる旨を規定しているがこれらの規定は憲法が保障し、かつ、民主政治にとつてきわめて重要な集団行動による表現の自由を制限するものであるからその運用にあたつては、いやしくも公安委員会がその権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう戒心すべきことはいうまでもない。しかるに被申立人は前示のとおり申立人の本件許可申請を許可するにあたり、進路変更等の条件を付したが、右進路変更の条件を付するについて前記「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」または「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合」であつたことを認めるべき資料はみあたらない。疎乙第一〇号証の一ないし八、同第一一号証および同第一二号証等は、いずれもいまだ右進路変更の条件を付すべき場合であつたことを認めるための資料とはなしえない。それゆえ、本件許可につき、進路変更に関し申立人主張のような条件を付したことは、被申立人において前記規定の運用を誤つたもので違法といわざるをえない(憲法が保障する前記表現の自由も国民はこれを濫用してはならず、公共の福祉のために利用する責任を負うものであるから、国会周辺において行なわれる集団示威運動もまずもつて国民の良識ある行動が期待されるのであるが、それはさておき、かかる集団示威運動を規制するとしてもそれは特に国会の審議を経て成立した法律によつてなされるべきものというべきであつて、本件のようないわゆる公安条例をもつて規制するのは妥当とはいえない。)。

3  被申立人は、被申立人が本件許可にあたり進路変更の条件を付したのは、その進路にあたり国会等が存在しこれらはいかなる妨害または物理的圧力等をも受けることなく平穏な環境のもとにおいて国政を審議すべき任務を有するから、本件進路変更の条件を付すことなく許可を与えた場合には、国政審議権の公正なる行使が阻害されるおそれがあり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張するが、しかし本件許可申請がなんらの条件も付されることなく許可されたのであるばともかく、前示のような諸条件が付され、なかんずく危害防止および秩序維持に関しきびしい条件が付されていること、本件集団示威運動の主催団体およびその参加予定者数が前示のとおりであること、前記被申立人の変更にかかる当初の進路が国会の周辺すべての道路ではなく日比谷西幸門から国会の南側およびその裏側を経て永田小裏に至る道路であること等にかんがみれば、本件集団示威運動が被申立人主張のように国政審議権の公正な行使を阻害する等のものとは断ずることができない。したがつて、被申立人の右主張は採用しがたい。

4  なお被申立人は、本件申立ては付款たる条件の一部すなわち進路変更の部分についてその効力の停止を独立に求めるものであるが、行政処分に付された付款は処分と不可分一体をなすものであるから、付款が違法である場合でも付款の違法を理由として処分自体の取消しを求めるべきであつて付款のみを処分から切り離してこれを独立に争う訴えは許されないと主張する。しかし、行政処分に違法な付款が付された場合、その瑕疵が処分全体の無効原因または取消原因となるものと付款のみの無効原因または取消原因となるものとが考えられる。その瑕疵を争う場合、後者の場合には行政処分の一部取消訴訟を提起することができるものと解すべきである。本件の場合、公安条例は許可制を採用しているが、その実質は届出制と解すべきであるから、本件の如く許可に条件が付された場合、その条件に無効原因あるいは取消原因となる瑕疵があつても許可処分まで無効または違法となると解すべきでないことはいうまでもなく、したがつて、前記の後者の場合にあたるから、条件のみの無効あるいは取消事由を主張して、許可に付された条件のみの取消訴訟を提起することができるものと解せられる。

四  結論

よつて、申立人の本件申立てを正当として認容し(この場合においては行進の進路は本件許可申請書記載のとおりとなるものと解するのが相当である。)、申立費用は被申立人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 杉本良吉 中平健吉 仙田富士夫)

別紙一

行政処分執行停止申請書

申請の趣旨

申請人の昭和四二年七月五日付集団示威運動許可申請に対し、被申請人が昭和四二年七月八日付でなした許可に付された条件のうち大蔵省横から国会南通用門―衆参議員面会所―永田小学校裏に至る間の行進を禁止する旨の処分の効力はこれを停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由

一、申請人は春闘共闘委員会議長として、昭和四二年七月一二日同団体に加盟している春闘共闘傘下各県共闘代表等を中心に対政府四大要求実現の為(健保共済改悪反対、全国一律最賃制確立、失保改悪反対、CO中毒立法制定)日比谷西幸門から、新橋土橋まで集団示威運動を行なうため、昭和四二年七月五日東京都公安条例第一条にもとづき、別紙申請書記載のとおり、右集団示威運動の許可を申請したところ、被申請人は同月八日付をもつて、別紙許可書記載のとおり右許可申請にかかる集団示威運動の行進順路中、大蔵省から国会南通用門―衆参議員面会所―永田小学校裏に至る間の行進を禁止する旨を決定した。

二、しかしながら右処分は、次の理由により違憲無効である。

(一) 集会、結社の自由とその制限の限界

憲法二一条は思想表現の自由の一環として集会結社の自由(集団行進の自由を含む)を認め、これを民主主義国家におけるもつとも基本的権利として保障している。そしてこのことは例えば日本国憲法法理解によれば、「……集会結社の自由は無条件に保障され法律に基く司法処分による制限に服する外は、行政処分による制限を受けることは、全くない。」とし、また「風俗を壊乱する集会を制限する場合にも、行政的取締をすることはできず、ただ犯罪に該当する場合に、司法処分を加えることができるのみである。」とされていることからも明白である。そしてこれらの集会、集団行進の自由は、本質的に何よりも、国家権力の介入からの自由であり同時にマスメデイアから疎外されている多数の市民や労働者大衆の表現手段でありかつ政治への参政形態として、益々重要な意義をもつに至つているのである。したがつて、その当然の帰結として右集会結社集団行進の自由は勿論無制限ではないが、その規制は必要かつ最小限に止められるべきことは、一九一九年にアメリカ判例法上確立した「明白にして現在する危険」の理論を持ち出すまでもないのである。ところで我国の判例では、残念ながら、必ずしも、右理論の水準までは到達していないが、昭和二九年一一月二四日の新潟県公安条例に関する最高裁大法廷判決は、一般的許可制を定めて事前に抑制することは、違憲であること、特定の場所、または方法につき、合理的かつ明確な基準の下に、許可制または、禁止権留保の届出制は、直ちに憲法的自由の制限にならないこと公共の安全に対し明白かつ現在の危険があるときは、集会を許可せずまたは禁止することができる旨の概ね三の基準を示した。右判決の特に具体的適用には疑問があるが、右判決の示した基準は、その後に出た昭和三五年七月二〇日の東京都公安条例についての前記判決よりやや後退したニユアンスをもつ最高裁大法廷判決によつても、必ずしも、全面的に判例としての基準性を失つたとは、解されていないのである。したがつて公安条例についての最高裁の判断は、右両判決の示した各基準を総合的に適用してなされなければならない。ところで右三五年判決の判旨には、必ずしも納得できない点が多々あるが、しかし、右判決においても、東京都公安条例の合憲を判断するに当つて同条例は許可を義務づけていること、不許可の場合が厳格に制限されていること、したがつて、右条例は規定の文面上、許可制になつているが、その許可制はその実質において届出制と異なるところがないとしても運用の実態等も含めて合憲性を認定した上、最後に「条例の運用に当る公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべきこと勿論である。」といつているのは注目に値いする。したがつて右判決も運用の実態が、平穏かつ秩序ある集団行動を抑圧するが如き機能を営む時は、逆に東京都公安条例は、違憲となる可能性をも示唆しているといつて過言でない。

(二) 東京都公安条例の違憲性

ところでここでは主としてまず右二九年の大法廷判決の示めした基準をもとに東京都公安条例を概括的検討しても、その違憲、無効性は明白である。

第一に右条例は、第一条で、規制対象の場所につき、道路公共の場所(集団行進の場合)及び場所の如何をとわず(集団示威行進の場合)の二つを規定するが、いずれも、右両文言から場所の特定があるとは、到底考えられない(特に後者について特定は皆無)また、憲法上の集団行進を、殊更に行政機関の恣意的判断で集団行進と進団示威運動に分けて差別的規制を行なう合理性を認めるわけにはいかないのである。そして、同条但書で除外例をあげているが、これは、思想、信条の外部的発現形態である集会、結社、集団行進の本来的範疇には、必ずしも、当嵌らないものである。(道路交通法第七七条第一項四号、第二項以下の一般的許可制の適用を受ける)。したがつて同条但書が例外を規定しているからといつて、許可条件が、合理的かつ明確とはいえない。

第二に同三条は、許可の基準を定めるが、その「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」とは、いかにも抽象的、かつ明確な基準とはいい難いばかりか、四二年五月一〇日の東京地裁一五部の寺尾判決が適格に指摘するように、右判断権者が、その多くは、警察関係者にあることは、前記抽象的文言とあいまつて右許可が濫用される虞が十二分にあるものと解される。また三条但書についての各条項もいずれも、包括的抽象的なもので、右条件は単なる附款としての機能よりも、集団行進そのものの根元的規制を、あえてしているのである。そしてこれらの定型化された条件に単に反することによつて、デモ参加者は、警察官の即時強制と、刑事罰の処罰を受ける危険を常に負わされているのである。

第四に、同二条、三条二項は、許否が不明な場合、あるいは、直前の不許可の場合の救済規定を全く欠いているのであつて、それらの場合行動は、実際上禁止されるに至るのである。

これらの点からいつて、東京都公安条例は、規制の対象が特定せず、また許可の基準も、合理的かつ明確な基準とは到底いいがたく、かつ救済手段をも、欠いているのであるから、憲法二一条、同三一条に違反する違憲、無効のものである。

(三) かりに右公安条例そのものが、憲法二一条、同三一条に反しないとしても、本件条件付許可処分を含む運用の実態は、(特に許可条件について)次にのべるとおりであるから本件条件付許可処分は明らかに昭和二九年一一月二四日並びにその後の昭和三五年七月二〇日の最高裁大法廷の判決の基準にすら反するもので、憲法二一条、同三一条違反である。

(1) 事前折衝について

申請以前に、警視庁警備部長以下の担当警察官によつて、事前折衝という名による事前抑制が行なわれ、これらの事前抑制は公安委員会の事後審査の対象ともならないし、都議会へ報告されることもないのであるが、実際にはかなりの集団示威運動が、このような法の埓外にある事前折衝によつて抑制されていることは、極めて重大なことである。

(2) 次に、公安委員会が、都条例について一定の範囲の事務処理を警視総監以下の警察官に任せることは、それが法令の趣旨に反しない限り、或る程度は許容されるとしても、不許可処分、許可の取消処分の変更処分、申請にかかる集団行動の日時、場所、行進コースの変更を伴う許可申請及び許可処分であつても、重要特異なものの決定権限は、公安委員会自体に留保されていながら、重要特異なものかどうかの判断的事務を第一次的に警察官に行なわせていること、許可に伴う条件の具体的内容については、全て警視庁の警察官の裁量に任せられているのであるから、その点では、明らかに法令に違反することになる。まして右条件違反は、現場における警察官の即時強制執行の要件になるばかりか、刑事処分の犯罪構成要件ともなるのであるから、手続的にも、憲法三一条違反の疑いが十分である。

(3) 都条例一条は、集団行進と集団示威運動について単にその規制の場所の範囲のみを区別しているにすぎないが、警視総監通達甲第一号では示威要素のないものが前者で、これを伴うものを集団示威運動として一方的に解釈している。これは前記寺尾判決が指摘するまでもなく、取締の便宜の為の恣意的区別という外はない。特に右判決のいう如く、集団行進の本質は、政治、経済、労働、世界観等について、広く大衆にうつたえる為の行動であり、プラカード、横断幕、のぼり等は集団行進の本質的要素であるにも拘らず、許可条件でこれらを禁止することは、憲法にいう表現の自由の否定に外ならない。まして憲法の表現の自由の一環としての集団行動の自由が、取締担当者である警察の一片の通達によつて、解釈され運用されているが如きは、重大な手続違反である。

(4) また同条例三条一項のいちじるしい、及び明らかなときの判断は、取締官であの警視庁警備部長以下の警察官によつて、事実上判断されており、文言の抽象性、概括性とあいまつて運用の実際において、明確かつ合理的基準とはなり得ないものである。

(5) 同条例三項但書は、許可に当つて必要な条件をつけることができるとしているが、右条件の設定は、第一に警視庁の警備部長以下の警察官によつて、なされているものであること、その内容は、隊列、方法など、広範囲に及び、集団示威運動の自由を規制しているばかりか、現在の運用では、全ての集団示威運動が、警察官の設定した条件に何らかの意味で違反し、したがつて同条例五条の刑事処罰を受ける可能性をもつているもので、かかる運用では、右条件付与の部分において、合理的かつ必要最小限の範囲で、制限されているとはいい難い。またこの点は、交通秩序維持に関する条件違反についても、略同様のことが、運用の実際で行われているのである。

(6) これら運用の実態は、明らかに憲法二一条、同三一条に違反することは明らかである。そしてそれは、一個の許可処分中の一部の条件付与であつても、右運用の実態や条件を総合的に判断して、本件許可処分を一体として、判断すべきものである。

そして、このことは、前記昭和三五年最高裁判決が「規定の文言上は許可であるが、本条例の許可制はその実態において届出制と異なるところがない。」として東京都公安条例を合憲としたが、以上の運用の実際においてこれをみるとき、手続、内容において、著しく取締の便宜のみに走り、憲法の保障する集団行動を事前に抑制する為の合理的、かつ必要最小限度の枠をこえているだけではなく、手続的にも、重大な瑕疵がありその意味で、本件処分は、憲法二一条、同三一条に違反することは明白である。

三、効力の停止を求める範囲及び回復し難い損害の存在

(一)、以上の理由から、申請人は、本日御庁に本件許可処分の取消を求めるため、本訴を提起したが、本申請においては、右許可条件中特に緊急を要するものとして、申請の趣旨記載のとおり、申請人の申請にかかる行進順路中

大蔵省から国会南通用門―衆参議員面会所―永田小学校裏

に至るまでの間につき通過を禁止した部分のみの効力の停止を求めるものである。

(二)、被申請人のなした許可条件中、右の部分は、行進順路中の特定区間について、本来の集団示威運動を一切禁止することとなり集団行動の一部不許可処分と実質上異ならないといわなくてはならない。

またこれを右条例三条六号に基づく許可条件の一種と解したとしても、そのことは、被申請人が、或いは、その事務処理者である警視総監以下の警察官が、全く自由に条件を付しうることを意味しないことは勿論である。

当該条件を付すことなく集団行動を許容した場合、公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認める場合にのみ始めて許されるのである。もしかかる制限が厳格に守られず、恣意に流れるような場合は、前述の最高裁大法廷昭和三五年の判決の許可を義務づけ、不許可の場合を厳格に制限していることを前提として東京都公安条例を合憲とした趣旨にも明白に反することになろう。したがつて、三条但書は、本文をうけて全体として機能しているもので、少くとも、進路や場所の変更に関する条件や、集団行進の意思の表現手段としての機能に制約を加えるような条件を付することは、右要件を少くとも、許可を義務づけ、不許可を厳格に制限していると認められる程度に遵守してのみ、許容されると解さなければならない。そして三条本文の公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合でも、その規制は必要かつ最小限のものでなければならないことは、既にのべたとおりである。

以上の観点からいつて、本件の春闘共闘委員会に参加する八〇〇名の集団が、健保共済改悪反対、全国一律最賃制確立等の労働者の基本的要求をうつたえるため国会周辺の道路をプラカード、のぼり等を掲げて、シユプレヒコールなどを実施しつゝ、通常のデモ行進の態様と方法で平穏かつ秩序をもつて通過することは、いかなる意味からも、公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合とは考えられない。また、国会周辺の示威運動を一切禁止することは、前記必要最小限の合理的制限とはいい得ない。まして許可を平穏なデモでも、潜在的に暴徒と化し公共の安寧を紊す虞れがあるということだけで、つまり潜在的危険性があるというだけで、(これを極端にいえば、いかなるデモ行進もその潜在的危険性ゆえに全て禁止することも可能になろう。)これを制限、禁止(一部禁止)することは、民主国家の否定につながるといつて過言でない。したがつて、定型的につくられた許可条件で、一律に条件付許可処分をした本件の違憲違法は明白である。

(三)、ところで、本件集団行動の実施日は、本年七月一二日であり、このまゝ本案訴訟の結論をまつていたのでは、前記春闘共闘委員会が所期の行進を実施することは不可能となり、その目的からいつても、後日をまつては、回復し難い損害をこうむることは明らかである。そこで申請人は、右行進の主催者たる春闘共闘委員会の代表者として本執行停止の申請に及んだものである。

特に条例上、集団行動の許可は実施日の二四時間前にすればよいことになつているため、一般に実施予定日と接着した時期に処分がなされるので、右処分の救済は本件執行停止をもつてするより外ないのであるから、速かに本件決定をなされるよう特に要望する。

別紙二

意見書

目次

第一本訴ならびに本件申立ては不適法なものである。

一 本訴請求の不適法について

二 本件執行停止申立ての不適法について

第二相手方が申立人に対して行なつた許可処分は、適法妥当であり、申立人の本案請求は理由がない。

一 東京都公安条例の合憲性について

(一) 規制対象の場所の特定性について

(二) 許可基準について

(三) 第三条但書について

(四) 救済規定について

二 集団示威運動の本質について

三 国会における審議と国会に対する表現の自由について

四 東京都公安条例に基づく許可申請に対する一般的な事務処理手続の合法性について

五 本件許可申請に対する処分の適法性について

(一) 本件許可申請に対する処分手続の経過

(二) 主催者、参加団体の性格および本件集団行動の目的

(1) 主催者の性格と行動経歴

(2) 本件集団示威運動参加者(団体)と行動目的

(3) 右目的の不当性について

(三) 本件許可条件のうち、進路の変更に関する事項

(四) その他の許可条件について

(1) 秩序保持に関する事項

(2) 危害防止に関する事項

(3) 交通秩序維持に関する事項

第三本件執行停止を容認することは公共の福祉に重大な影響がある。

一 国会議事堂周辺における秩序保持の必要性について

二 過去における国会議事堂周辺の集団示威運動について

三 諸外国にみられる国会議事堂周辺地域における集団行動の規制について

第四本件申立てには処分の執行によつて生ずる回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はない。

第五結語

意見の趣旨

本件申立てを却下する。

申立費用は、申立人の負担とする。

意見の理由

第一本訴ならびに本件申立ては不適法なものである。

一 本訴請求の不適法について

相手方は、申立人の昭和四二年七月五日付集会、集団示威運動許可申請に対して、昭和四二年七月八日、条件付許可処分を行なつた。(疎乙第一号証)

右条件は、「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二五年七月三日東京都条例第四四号)」(以下単に東京都公安条例という。=疎乙第二号証)第三条第一項但書の規定に基づいて右申請を許可するに際し付したのであるが、この場合の条件は、「行政行為の付款」であるから、主たる意思表示である許可処分に付随し、これと一体不可分の関係にあるのである。

したがつて、仮に右条件の付与が違法であるとすれば、付款の違法を理由として、右許可処分全体の取消しを求める以外に方法はないのであるから、付款たる条件自体の取消しを求める本訴請求は不適法といわざるを得ないのである。

二 本件執行停止申立ての不適法について

ところで、本件申立ては、付款たる条件の一部即ち、進路変更の部分についてその効力の停止を独立に求めるのであるが、行政処分に付された付款は、処分と不可分一体をなすものであるから、付款が違法の場合においても付款の違法を理由として処分自体の取消しを求むべきであつて、付款のみを処分から切り離してこれを独立に争う訴えは許されない。けだし、処分と不可分一体の付款のみを切り離して取消訴訟の対象とすることはそれ自体背理であるのみならず、付款の違法を理由とする処分の取消判決があれば、行政庁はその拘束をうけながら新たな行政処分を行なうことによつて申立人の救済目的は達せられるのであり、またその方法によつてのみ行政と司法の調整をはかる行政事件訴訟法の趣旨に適合し得るものというべきだからである。そして、もし付款のみの取消しの訴えが許されて、しかもその取消判決により付款のみが失効して処分自体は存続すると解するにおいては、行政庁としては付款のない行政処分は未だ行なつていないのに、裁判所が行政庁に代つて付款の付されない新たな行政処分をしたに等しい効果を認めることになり、=付款は前述のとおり許可処分と不可分一体であるから、付款を付しえないとすれば不許可処分をすることとなる場合もありうるわけである。=これは三権分立の建前上とうてい許されないものであることは明らかであろう。

このことは、行政処分の執行停止においては一層強い意味合いにおいていいうることである。即ち、裁判所は、本案前の暫定措置としては行政処分の効力、執行又は手続の続行を停止することが認められていて、それ以上の積極的な措置をとることは法律上認められていないのであるから、付款のみの効力停止により行政庁が付款のない行政処分をしたと等しい効果を創出しようとすることの許されないことはいうまでもないことである。

したがつて、裁判所に対して相手方に代つて無条件の許可処分をすることを求めるに等しい本件許可処分の進路変更の条件の部分の効力停止を求める本件申立ては、不適法な申立てであるといわなければならない。

第二相手方が申立人に対して行なつた許可処分は、適法妥当であり、申立人の本案請求は理由がない。

一 東京都公安条例の合憲性について

本件本訴ならびに本件申立てが不適法であることについては前記第一に述べたところであるが、申立人は、本訴ならびに本件申立てにおいて、「東京都公安条例は憲法第二一条の保障する表現の自由を行政庁の事前の許可にかからしめ、その自由を大幅に制限するものであつて違憲であるという。然しながら、東京都公安条例が合憲であることは、最高裁判所の判例(昭三五、七、二〇大法廷最刑集一四―九―一二四三)の示すところである。

即ち、憲法第二一条の規定するいわゆる「表現の自由」が侵すことのできない基本的人権に属し、その完全な保障が民主政治の基本原則の一つであることは多言を要しない。しかし、国民はこの種の自由を濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うべきことも論をまたないところである(憲法第一二条)。

ところで、集団行動による思想の表現は、単なる言論、出版等によるものとは異つて、現存する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持され、この潜在的な力は、あるいは予定された計画に従い、あるいは突発的に内外からの刺激、せん動等により、群集心理のおもむくところきわめて容易に動員され得る性質のもので、この場合に平穏静粛な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢のおもむくところ実力によつて法と秩序をじゆうりんし、集団行動の指揮者はもちろん警察力をもつてしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在すること群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかである。したがつて地方公共団体が、純粋な意味における表現といえる出版等についての事前規制である検閲が憲法第二一条第二項によつて禁止されているにかかわらず、集団行動による表現の自由に関するかぎり、いわゆる「公安条例」をもつて、地方的情況その他諸般の事情を十分考慮に入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要、かつ、最小限度の措置を事前に講ずることは、けだしやむを得ない次第である(前記大法廷判決同旨)とされているところ、法と秩序を維持する責務を負う東京都は、東京都が我が国の首都であり、かつ政治、経済、教育、文化の中心として国会議事堂、総理官邸、外国公館、最高裁判所、その他各種分野における中枢機関が所在して常時活動している特性、人口一、一〇二万五、〇一三人を擁する過密都市である特性、我が国にある全自動車数の約一四パーセントにあたる一四〇万台の自動車が道路率四・八パーセント強(都の面積約二〇二三・三六平方キロメートルに対する道路面積約九七・六八平方キロメートルの割合で、区部のみでは一一・三パーセントとなる。)の道路事情の下に年間交通事故件数七万四、五七八件(死者七九四名、負傷者六万七、八九八名)の公害をもたらし、また絶えざる道路工事等による交通障害などの交通事情(疎乙第三号証の一、二)等の情況、その他諸般の事情を考慮して東京都公安条例をもつて、道路その他公共の場所で行なわれる集会、集団行進、または集団示威運動について事前の法的規制を行なつているのであるが、これは、警察法第二条により公共の安全と秩序の維持にあたることを責務とされている警察が、集団行動の行なわれることを事前に知ると同時に、それが安全に行なわれ、かつ公共の秩序を保持するために必要適切な措置を講ぜられるようにするがために行なつているもので表現の自由を理由に違憲視されるいわれはないのである。けだし、表現の自由、本来平穏に行なわれるのを本質とし、集団行動に表現の自由として憲法によつて保障されるべきものがあるとしても、その表現はあくまでも、法と秩序の範囲内において、行なうべきだからである(昭四〇、七、二東京地裁刑二一部判決、昭三九特(わ)五六二号一二丁同旨)。

なお、申立人は、申請の理由二の(二)において、<一>規制対象の場所について、<二>許可基準の不明確について、<三>第三条但書の抽象性について、<四>救済規定の欠如についての四点をあげて、東京都公安条例の違憲性を主張しているが、

(一) 規制対象の場所の特定性について

前記昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷判決は、東京都公安条例につき、「いやしくも集団行動を法的に規制する必要があるとするなら、集団行動が行なわれ得るような場所をある程度包括的にかかげ、また、その行なわれる場所の如何を問わないものとすることはやむを得ない次第であり、他の条例において見受けられるような、本条例より幾分詳細な基準(例えば『道路、公園その他公衆の自由に交通することができる場所』というごとき)を示していないからといつて、これをもつて本条例が違憲、無効である理由とすることはできない。」と判断しており、

(二) 許可基準について

最高裁判所の判例(昭和二九年二月二四日大法廷判決最刑集八―一一―一八六六)は、新潟県公安条例第四条第一項に規定する「公安委員会は、その行進又は示威運動が、公安を害する虞れがないと認める場合は、……許可を与えなければならない」との許可の基準につき、「これらの行動に対する規制は、右摘示部分のみを唯一の基準とするのでなく、条例の各条項及び附属法規全体を有機的な一体として考察し、その解釈適用により行なわれるものであるこというまでもない。」として合憲との判断を示しているが、右新潟県公安条例第四条第一項の規定ならびに、その他の各条項および附属法規の全体を東京都公安条例と比較してみるに、東京都公安条例は、第三条第一項に不許可とする場合の基準を「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」と、極めて限定的に規定しているのみならず、その他の各条項ならびに右東京都公安条例の取扱いについての昭和三五年一月八日付相手方の決定(疎乙第五号証)その他の関係規程(疎乙第六号証)等をあわせて考察してみても合憲であることが明らかであり、

(三) 第三条但書について

東京地方裁判所は「都条例第三条第一項但書所定の条件は、規定自体からは禁止の内容が事実として特定されていないものであるけれども、集団行動について許可の処分がおこなわれるに際し具体的な事実を特定してこれを条件としてつけられたときに禁止の内容が特定され、このときにおいて右三条第一項但書、第五条の規定は補充され、処罰規定として欠けるところのないものとなるのである。

そして、集団行動を行なうものは、具体的条件が明記された許可書を交付され、その付された条件の具体的禁止の内容を十分に知り得るのである、同規定をもつて可罰性の根拠としたところでなんの不都合もない筋合である。」(判例タイムズ一四五号一八八頁)と判示しており、

(四) 救済規定について

前記昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷判例は、「本条例(東京都公安条例)中には、公安委員会が集団行動開始日時の一定時間前までに不許可の意思表示をしない場合に、許可があつたものとして行動することができる旨の規定が存在しない。このことからして原判決は、この場合に行動の実施が禁止され、これを強行すれば主催者等は処罰されるものと解釈し、本条例が集団行動を一般的に禁止するものと推論し、以て本条例を違憲とする。しかし、かような規定の不存在を理由にして本条例の趣旨が、許可制を以て表現の自由を制限するものの如く考え、本条例全体を違憲とする原判決の結論は、本末を顛倒するものであり、決して当を得た判断とはいえない。」としているのみならず、前記昭和二九年一一月二四日最高裁判例に示すが如きものを相手方は前記昭和三五年一月八日付決定五において「申請を受理したときは、すみやかに許否の決定をした上、それぞれその旨を記載した書面を、おそくとも集会等を開始する予定日時の二十四時間前までに主催者または連絡責任者に交付しなければならない。」と定めているのである。

以上の各判例が示すとおり、申立人が違憲違法として主張しているところはいずれも理由がないのである。

二 集団示威運動の本質について

東京都公安条例は、集団行進と集団示威運動とを区別して、規制の対象としている。ここにいう集団行進とは、多数の者が一定の目的をもつて集団的に行進するものをいい、参加者の統一的意志は、行進すなわち多数人の移動という方法自体によつて表現されるものであり、これに対し集団示威運動とは、多数の者が一定の目的をもつて、公衆に対し、気勢を示す共同の行動をいい、行進と直接無関係に示威を目的とする言動を伴うことによつて一般公衆になんらかの影響を与えようとするものである。

すなわち、集団示威運動における示威とは、集団の共通の目的達成のため共同して一般大衆に影響を及ぼしうる状況下で威力若しくは気勢を示すことであつて、その示威行為の実態は、宣伝用自動車が一般大衆の聴覚に訴えるため拡声器を通じてその主張するところを高音で反覆放送し、参加者がこれに応じてシユプレヒコールをくり返して、はなはだしくけん騒の状態を継続して現出し、一方、一般大衆の視覚に訴えるため、その主張を誇示する各種の旗、のぼり、プラカード、横断幕、タスキ等を携行着装し、これらによつて参加者自身の心理状態を著しく高揚して行動するのが通常で、これらの示威行為が集団示威運動の要素となつているところに前記集団行進との差異が見られるのである。

さればこそ、前記大法廷判決において「本条例の対象とする集団行動、とくに集団示威運動は、本来平穏に秩序を重じてなさるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、暴力に発展する危険性がある物理的力を内包している。」として集団示威運動の本質を判示し、昭和四一年六月二三日東京地方裁判所刑事第七部判決において「集団行進は、一定の計画に従つて参加者の統一的意思を参加者以外の者に認識せしめるために行なわれるものである点においては集団示威運動と軌を一にしているが、参加者の統一的意志は行進すなわち多数人の移動という方法自体によつて表現され、行進と直接無関係に示威を目的とする言動を他に伴なわないのを本質とするものである。」と判示している。このように両者は区別するべきものである。

であるから、申立人が請求理由二―(三)の(3)において「集団行進の本質は、政治、経済、労働、世界観等について、広く大衆にうつたえる為の行動であり、プラカード、横断幕、のぼり等は集団行進の本質要素であるにも拘らず、許可条件でこれらを禁止することは、憲法にいう表現の自由の否定に外ならない。」と主張しているが、これは、集団行進と集団示威運動との区別を無視したものにほかならず、取締り担当者である警察が一片の通達により解釈運用しているという非難は全く理由のないものである。

三 国会における審議と、国会に対する表現の自由について

(一) 元来、国会は国権の最高機関として、国会議員、国務大臣等が国政を審議する場合、いかなる者からも物理的圧力、心理的威迫、その他の妨害等を受けることのない静穏な環境の中におかれるべきものであつて、これが常に保障されることにより国会の審議権の公正な行使が確保されることは議会制民主主義国家における最大かつ絶対の要請である。

そして、国会議事堂の周辺には、国会議事堂を中心として、国会図書館、衆、参議院議員会館(三棟)、衆、参議院議員面会所、衆、参議院車庫、衆、参議院議長公邸、総理官邸、総理府および政党本部等国政審議に必要な各機関、施設が所在し(疎乙第二二号証、疎乙第二三号証)、国会開会中は、衆、参両院における本会議、委員会等における審議、その他各種折衝、連絡、打ち合せ等に随伴して、両院議員、国務大臣政府委員その他国政審議に関係する者が、国会議事堂およびその他右関係施設へ出入往来することとなるが、国政審議権の公正な行使を確保するためには、これらの登退院、出入、往来の自由の確保が絶対必要な条件となるのである。

ところで集団示威運動は、その本質として、「本来、平穏に秩序を重じてなさるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、暴力に発展する危険性のある物理的力を内包している」(前記大法廷判決)ので、これが国会議事堂周辺において行動するときは、前記第二の二に述べたとおり、その集団の示威によつてけん騒をきわめ国会の国政審議を阻害するのみならず、後記第三において詳述するとおり集団示威運動の日時、場所、目的、参加者の性格、その他諸般の情況により、容易に不穏な集団に転化して、国政審議および議員活動を妨害し、さらに議事堂構内へ乱入して国政審議に直接重大な脅威を与える危険さえあるのである。

(二) 「表現の自由」が尊重されるとともに公共の福祉のために利用せらるべきことについては前記第二の一で詳述したところであるが、憲法は政治上の表現の自由について、能動的に、「何人も損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人もかかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」(憲法第一六条)と規定している。この請願権は、近代議会制度の発達によつて国民参政の途が広く設けられ、また司法制度が確立して、より有効な権利救済の途が整備されるに至つた今日においては、権利救済の手段としての意味よりも、国民の各種の希望を国会や内閣その他の機関に対して開陳表現する手段としての意味をもつものとされている。

そこで、国家はこれが行使を最大限度に尊重しなければならないことはもちろんであるが、請願権の行使手段については、同条項に明記してあるとおり平穏になさるべきであつて、換言すると、請願即ち国会等に対する意思の表現は、ただ平穏に行なうことのみが憲法上の権利として認められているのである(昭和三八、七、一六東京高裁判決同旨)。

この場合における「平穏」とは、「法律、規則によつて定められた手続にのつとり、平静穏当な用語を用い、面会の強要や示威運動やその他多衆の聚合による威迫行為の如きは許されない」という意味である(美濃部達吉著宮沢俊義補訂「日本国憲法原論」一六〇、宮沢俊義著「日本国憲法」二二八、佐々木惣一著「日本国憲法論」四三七)とされている。

かくの如く、国会に対する請願について、平穏な手段方法によることとされるのは、国政の審議のために「平穏」が絶対的な要件であることを示しているものにほかならない。そして、国政の審議のために「平穏」を保持するには、単に国会議事堂構内のみならず、これと近接する議員会館等国会関係施設およびそれら施設の使用のために供用されている周辺道路等においても「平穏」を保持することがむしろ当然である。

このように請願についても、国政審議権の行使の公正を図るために「平穏」を絶対的要件としているのであるから、国会に対する単なる集団行動が、国政審議権の行使の公正を図るために、請願におけると同等あるいはそれ以上の「平穏」を要求されるのは、けだし当然のことであろう。

ところで、集団示威運動は、前記二の一および二において述べたとおりその本質として、主として群集心理の特性からくる行動の逸軌の可能性と危険性を内包するのみならず、性質上けん騒にわたるものであつて、これが国会議事堂周辺において行なわれるときは、後記第三の二に詳述するとおり、国政審議権の行使が阻害されるおそれがあるので、国会に対する表現の一方法としての集団示威運動が制限されることがあつてもけだしやむを得ないのである。

四 東京都公安条例に基づく許可申請に対する一般的な事務処理手続の合法性について

(一) 相手方は、警察法第四五条の規定に基づき、公安委員会の運営に関し、必要な事項を自ら定めることとされているところ、昭和三一年一〇月二五日東京都公安委員会規程第四号「東京都公安委員会の権限に属する事務処理に関する規程」をもつて、法令又は条例によつて相手方の権限とされた事務のうち、重要特異なものを除くものについて、これを警視総監が処理できること、警視総監は、その事務の一部を主管部長に処理させ、定例簡易なものについては警察署長に処理させることができることを定めた(疎乙第四号証)が、これは、元来、都警察を管理する機関として設けられた非常勤の相手方が、行政庁として事務処理をする場合に迅速かつ能率的に処理できるようにとつた処置なのである。

右規定によると、東京都公安条例に基づく許可申請に対しては、重要特異な事項を除く許可処分の際に条件を付することを警視総監以下の警察官に処理させることとなるのであるが、その処理結果については、これを毎旬ごとにとりまとめて相手方に報告し、相手方の承認を受けることとしているのであり、また不許可は勿論、許可処分および条件付与にあたつても重要特異なものであるかどうかは公安委員会自体の運営の慣行として例えば進路、場所、日時の変更等の条件付許可は相手がこれを直裁しており、その他についても委員会開会審議の都度具体的な方針指示が操り返され、その下において自ら重要特異か否かは客観化されているのが実務の実態であつて、警察官によつて恣意的に判断されているものではない。

であるから、右処理によつて、憲法が保障する表現の自由を侵すところはないから、右の処置は、合憲適法なのである(昭三八、一一、一五最高裁二小判決、昭三八、一二、一七東京高裁刑三判決同旨)。

(二) しかして、相手方は、東京都公安条例に基づく許可申請に対し、同条例第三条に基づき許否を決し、許可する際は必要な所定の条件を付することができるが、これら処分の基礎となるべき事情の存否の判断は、ことの性質上条例の定める範囲内で相手方の裁量に属する(前記大法廷判決)ものであるところ、相手方は、その取扱いの適正を期するため、昭和三五年一月八日付決定をもつて条例の用語の解釈、不許可処分をする場合の具体的基準等を定め(疎乙第五号証)、一方、警視総監は右相手方の決定を忠実に執行するため、条例運用上の心構え、条例の解釈、許可申請の取扱い要領等を具体的に定めて警察署長等に通達し(疎乙第六号証)たのであるが、これらの基準は、いずれも東京都公安条例の定める範囲内のものであるから違法とはならないのである(昭和二七、六、一〇東京高裁判決高刑集五―九五一、昭三一、七、一〇東京高裁判決)。

およそ、多数人を集めて集団行進、進団示威運動を行なうようなときは、この行事が円滑に行なわれるようにするため、主催者は警察と行事内容、道路、交通の状況その他について打ち合わせているのが常であり、このように双方がお互の立場において理解し、協力する関係があつてこそ、過密都市化の複雑な道路事情、公園その他きわめて限られた公共の場所における多くの団体の使用競合等の調節が可能となるのであつて、東京都公安条例許可に関する事務を主管する警備課において係警察官が、東京都公安条例に基づく許可申請人から、許可申請前に、いわゆる行政相談をもちかけた場合には、右(一)の決定、通達の趣旨に沿つて助言を行なうのである。

しかし、この相談協力は、あくまでも任意的な事実行為であつて、なんら強制にわたるものでなく、したがつてこの話し合いによつて許可申請人が頭初の意思を変改するのやむなきに至つたとしても、それは許可申請人の自由な意思というべく、また、右話し合いに応じないで頭初の希望の内容の許可申請書を所轄警察署に提出する自由は当然確保されているのであるから、これをもつて事前抑制として違法視するいわれはいささかもないのである(昭三八、三、二七東京地裁判決同旨、判例タイムズ一四五―一八八、昭四二、三、一五東京地裁判決同旨)。

(四) 東京都公安条例は、第三条第一項但書所定の事項に関し許可される集団行動について、相手方が条件を付することができる旨を規定する。

この条件付与は、前記第一において述べたとおり法律学上の概念としては「行政行為の付款」であり、集団行動の実施が許可されることを前提とし、

実質的にはその集団行動の日時、場所、環境、規模、態様、方法など外形的な一切の事情に即応し社会秩序や一般公衆の日常生活での便益などの反対利益との調整措置として集団行動の方法態様を制約し、進路、場所、日時に変更を加えるのである。然して、東京都公安条例第三条第一項但書の各事項は、「一 官公庁の事務の妨害防止に関する事項、二 じゆう器、凶器その他の危険物携帯の制限等危害防止に関する事項、三 交通秩序維持に関する事項、四 集会、集団行進又は集団示威運動の秩序保持に関する事項、五 夜間の静ひつ保持に関する事項、六 公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」であり、これらは、社会秩序に危険な形態方法および集団行動によつて影響を受ける一般公衆の日常生活の便益を類型的に掲示しているに過ぎず、これらの事項は集団行動の持つ物理的な力の面に対する調整基準として合理的な範囲のもので合憲適法なものである(昭四一、三、二五東京地裁刑三判決同旨)。

しかも、相手方は条件付与にあたつては、予定される集団行動の日時、場所、環境、規模、態様、参加団体の行動傾向等について検討したうえで、必要最小限度の条件を個別的具体的に付与しているのである。

もつとも、前記(一)に述べるとおり定例簡易な案件については、警視総監以下の警察官が許可処分の処理および該処分に条件を付することができるのであるが、この場合に付せられる条件は、取扱うべき案件が本来定例簡易なものに限られている性質上付せられる条件もこれに沿う必要最小限度のものとなり、このために許可の内容を大きく制限し、これを無意味のものにするようなことはあり得ないのであるからこれまた違法を問擬する余地はない。

なお、本件申請に対する相手方の許可処分手続は、後記五に述べるとおり相手において直裁しているものであるから、申立人が申請の理由二の(三)において述べる警察官による事務処理に関する主張は全く理由がない。

五 本件許可申請に対する処分の適法性について

(一) 本件許可申請に対する処分手続の経過

申立人は、昭和四二年七月五日午前一一時五〇分ころ、警視庁丸の内警察署に出頭し、相手方に対して、申立人が主催して同年七月一一日行なう集会、集団示威運動の許可を申請した(以下本件申請という)。

丸の内警察署においては、同日午後〇時二〇分ころ本件申請を受理し、同月五日午後四時一五分ころ右申請書を警視庁警備部警備課に回付した。

相手方は、同月七日午前一〇時〇分、委員長堀切善次郎、委員高木寿一、委員安西浩が出席して委員会を開催し、本件申請を検討して、公共の秩序を保持するうえに必要最小限度の条件を付して許可することを決定した(疎乙第七号証)うえ東京都公安条例第三条第二項に基づき、この旨を同申請書(副本)末尾に記載した許可書(疎乙第一号証)を同月八日午前一一時五八分警視庁丸の内警察署警備官をして申立人に対して交付させた(疎乙第八号証)。

(二) 主催者、参加団体の性格および本件集団行動の目的

(1) 主催者の性格と行動経歴

本件集団行動の主催者たる「春闘共闘委員会(議長 堀井利勝)」は、昭和四一年二月四日、日本労働組合総評議会(以下総評という)、中立労働組合連絡会議(以下中立労連という)傘下の労働組合等が春闘賃上げ闘争等を目的として結成した労働組合の連合組織である(参加団体の組合員数約五一〇万人)。(疎乙第九号証)

右春闘共闘委員会は、昭和三〇年一月二二日「春季賃上げ共闘会議」として結成されて以来今日に至るまで各年ごとに結成される恒例常設的な組織で、昭和三四年一月一〇日「春闘共闘委員会」と改称されたものである。

ところで、右春闘共闘委員会の主催した集団行動においては、その参加者(団体)が、国会議事堂周辺道路を請願のための理由で許可されて集団行進するにあたり、放歌合唱、シユプレヒコール等によりけん騒をきわめて集団行進の許可の条件に違反し、国会議事堂周辺の静穏を害して国政審議に影響を与えたり、または交通頻ぱんな道路において許可された集団示威運動が旗竿を横に構えたり、だ行進をしたり、ことさらなかけ足行進をしたり、フランス・デモを行なつたりして進路およびその周辺の交通を阻害する等許可条件に違反して公共の秩序を著しく乱すことがしばしばあつたのである。(疎乙第一〇号証の一乃至八)

とくに、後記(2)に述べる第六次統一行動における対国会行動にあつては、集団行進開始時に春闘共闘委員会の蛯谷武弘から全参加者約三、八〇〇名に対して「国会の中に聞えるように大きな声でシユプレヒコールを行なつて下さい。」と呼びかけ(疎乙第一一号証)、参加者は、国会議事堂周辺道路上において「失保、建保改悪反対、全国、全産等一律最賃制確立、CO中毒特別立法即時制定」等のシユプレヒコールを繰りかえした。(疎乙第一二号証)

(2) 本件集団示威運動参加者(団体)と行動目的

しかして、本年の春闘においては、前記春闘共闘委員会は昭和四二年三月二日第一次統一行動以来、同年六月三〇日の第六次統一行動に至るまで、各統一行動ごとに具体的な行動目的を定めて集団行動を行なつてきたのであるが、とくに六月二七日以降は、「政府自民党は、衆議院社労委員会で健保、共済改悪法の提案を強行した。野党は、この暴挙に対して審議を一切拒否し、会期延長問題、最賃、失保、CO中毒法、刑法、政治資金規制法などとからんで国会は重要な段階に当面している。」として「健保共済改悪法の緊急段階における国会行動の強化」をはかるための計画を定めたが(疎乙第一三号証の一)、「健保共済改悪法の社労委審議は、国会会期延長によつて七月上旬後段にもちこまれた。七月七日の防衛二法案強行採択をめぐつて一応健保、共済法も強行の危険性をはらんでいるが、院内情勢の推移をみると十一日―十三日の間が最大のヤマ場になるものと判断されます。この時期を外すと政府自民党は参院における審議、法案成立ができないとみているので強行してくることは間違いありません。」との認識に立つて、七月十三日を第七次統一行動の日として「春闘第七次統一行動の実施及び国会最終段階における緊急行動に関する要請」なる文書を全国の各県共闘議長、各単産委員長あてに発してその行動を要請している。この具体的内容は「行動」として

「<1> 各単産は時間内外の職場集会を一斉に組織し、各扱機関職場集会の決定、決議を政府、国会に集中する。

<2> 各県共闘は、最大限規模の大集会を全国一斉に行ない、決議を行なうとともに、これを政府、国会に集中する。

<3> 中央においては、日比谷公園において昼夜二回に亘る動員によつて大衆集会を行ない、国会にむけてデモを行なう。

(1) 全国動員者は午前十時より衆議院議面に集合し院内傍聴、座り込み、抗議行動を行なう。

(2) 午後五時半より公労協、民間の各単産は日比谷公園に結集し、大衆集会を行ないデモ行進を行なう(公労協、民間単産五号動員)。

六月二十一日の春闘三役会議決定及び各単産代表者会議において決定した一一日―一三日の地方動員は情勢の緊迫化に伴い強化するよう各県評に要請する。」ということをかかげて、さらにこの第七次統一行動以降においても会期末の七月二一日までの動員体制として、

「国会動員(午前十時参議院議面集合)

七月一八日 公労協   一、〇〇〇名

七月一九日 民間共闘  一、〇〇〇名

七月二〇日 公務員共闘 一、〇〇〇名」

を計画し、動員者の行動として、「院内の動向に応じた抗議行動、院内傍聴、座り込みなどその都度指示する」としているのである(疎乙第一三号証の二)。

つまり、本件許可申請にかかる集団示威運動は、国会に対するこれら一連の行動の一環としての計画に基ずき行なわれるものであり、七月一三日に予定している第七次統一行動を盛り上げる前段の行動として行なわれるものなのである。

右集団示威運動は第六次および第七次統一行動における行動目標と同様政府に対する四大要求、即ち「<1>健保、共済法改悪阻止<2>失業保険の大幅改善と改悪阻止<3>CO特別立法制定<4>全国全産業一律最賃制確立」をかかげ右共闘委員会傘下、各県共闘委員会代表八〇〇名を動員し、宣伝カー等を利用するなどして、国会議事堂直近の道路(大蔵裏交差点~衆議院南通用門前~同通用門前~参議院第二通用門前~永田町小学校裏)を含む都心部の道路上において行なおうとするものであるが(疎乙第一号証)右の「対政府四大要求」の中には現に国会で審議中の「健康保険法及び船員法の臨時特例に関する法律案」および「失業保険法及び労働者災害補償保険法一部改正法案」の成立阻止が含まれている(疎乙第一三号証の三)。

(3) 右目的の不当性について

およそ国会に対して集団示威運動を行なうというのは、如何なることを意味するのであろうか。

そもそも集団示威運動は、前記第二の二において述べたように多数の者が一定の目的をもつて一般大衆に対して気勢を示す協同の行動により、一般大衆に、何らかの影響を与えようとするのであるから、これが開会中の国会に向けて行なわれるということは、とりもなおさず、前記第二の三に述べた平穏な手段方法の枠を超えて、現に行なわれている国会における審議に何んらかの影響を与えようとするものにはほかならない。

本件許可申請にかかる集団示威運動実施当日の国会は右に述べたように、現に「健康保険法及び船員法の臨時特例に関する法律案」および「失業保険法及び労働者災害補償保険法一部改正法案」が審議されており、日本社会党がこの成立に反対している情勢下において(疎乙第一四号証の一、二)本件許可申請にかかる集団示威運動を行なうのはこれら法案の成立を集団の示威で阻止せんがためというべく、とりもなおさず、国政審議権の公正な行使を著しく阻害するおそれのあることは明らかである。

(三) 本件許可条件のうち、進路の変更に関する事項

本件許可申請にかかる集団示威運動は国会直近の道路を行進すること「大蔵裏交さ点~衆議院南通用門~同通用門~参議院第二通用門~永田町小学校裏~永田町派出所前~日英自動車角~溜池交さ点」となつているが、相手方が申請どおりの進路で本件集団示威運動を許可すると、現に第五五回特別国会の会期中であり、「政治資金規正法および公職選挙法の一部を改正する法律案」「健康保険法および船員保険法の臨時特例に関する法律案」「失業保険法および労働者災害補償保険法一部改正法案」「防衛庁設置法および自衛隊法の一部を改正する法律案」などの重要案件の審議が行なわれ、なお当日衆議院においては、午後二時から本会議が開かれる予定のほか、内閣、地方行政、法務、大蔵、社労、農林、商工、運輸、決算、交通安全対策および物価の各委員会が開かれることが予定されており、参議院においては、内閣、法務等、数委員会が開かれることが予定されていること(疎乙第一五号証の一、二)ならびに本件申請の集団示威運動が前記(二)(2)で述べたとおり、国会における会期末の重要段階を迎えて国会直近の道路において集団示威運動を行なうことによつて国会で審議されている法案の成立阻止等を目的として行なおうとするものである点から後記第三に述べるとおり国会は国権の最高機関であり、国政審議の場であるという本質にかんがみ、その審議権がいかなる妨害、圧力をも受けることなく、公正に行使されるよう常に静穏な環境が保障されていなければならないものであつて、このことは議会制民主主義を保障するための高度の要請といわなければならない。このような要請は、まさに公共の福祉の重要な内容をなすものであり、したがつてまた擁護されなければならない法益と見るべきであつて、その法益に対する侵害の危険は「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」にあたるものと解されるところ、これに対して、公共の秩序を保持するためやむを得ない必要最小限度の範囲で条件を付して許可することとし、本件許可申請進路の「大蔵裏交さ点~衆議院南通用門~同通用門~参議院第二通用門~永田町小学校裏」の間(一・一キロ)を、「大蔵裏交さ点~三年町交さ点~溜池交さ点~山王下~ホテルニユージヤパン角~永田町小学校裏」(一・五キロ)と変更する条件を付したものである。

(四) その他の許可条件について

(1) 秩序保持に関する事項

解散地では到着順にすみやかに流れ解散すること

申立人申請の集団示威運動の進路終点は土橋となつているが、土橋付近道路は車道幅員約一八、一メートルの道路にすぎず、また、該道路は極めて交通量が多いことなどから、時間別駐車禁止等の交通規制を実施している場所であり、この付近道路において八〇〇名の集団が停滞することは甚だしく他の交通を阻害するのみならず、これに伴う群衆の間の紛争、商店街その他周辺住民の迷惑、苦情等が従来の経験上繰り返えされているところである。したがつて、本条件は公共の秩序を保持するための最小限度、かつ必須の条件である。(疎乙第一六号証の一乃至六)

(2) 危害防止に関する事項

ア 鉄棒、こん棒、石、その他危険な物件は一切携行しないこと

集団行動は本来秩序を重んじて平穏になされるべきであり、鉄棒、こん棒、石等の危険な物件は表現の自由とは何らかかわりのないものである。

そして、ときに不法越軌行動を伴うおそれのある集団行動に対し、公共の安全と秩序に対する直接の危険を防止するため、集団行動の参加者について、これら危険物件の携行を一般的に禁止することは、過去において投石等により多くの負傷者や損害が出た現実の経験に照して合理的必要性がある。(疎乙第一七号証の一、二)

イ 旗ざお、プラカードの柄に危険なものを用い、あるいは危険な装置を施さないこと

右事項も表現の自由とは何らかかわりのないものである。そして、この条件を必要とすることも前記アと同様の理由によるものである。

(3) 交通秩序維持に関する事項

ア 行進隊形は五列縦隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、各てい団間の距離はおおむね一てい団の長さとする。

本件集団行動が前記第二の一記載のような交通事情にある東京都の中心部において行なわれ、その進路の道路事情、交通信号機の設置状況その他一般の交通の事情の中で参加者の安全、順、逆行および交さする交通、その他一般交通を確保し、公共の安全と秩序を保持すべき要請と、表現の自由が最大限に尊重さるべき点を考慮し、行進隊形を右記載のように制限したものであるが、この条件に従つたからといつて集団の意思の表明に不自由を感じさせるという程のものではなく、都内において集団示威運動を行なうに当つてやむを得ない必要、最小限度の措置である。(疎乙第一八号証第一九号証)

イ だ行進、うず巻行進、ことさらなかけ足行進・おそ足行進・停滞、すわり込みおよび先行てい団との併進、追い越し、またはいわゆるフランス・デモ等交通秩序をみだす行為をしないこと

右条件は、本来平穏に秩序を重んじてなされるべき集団示威運動において、当然守らなければならない事項であつて、本件集団示威運動が行なわれる道路交通事情をあわせ考えるとなおさらその遵守が強く要請される次第であり、また、蛇行進、うず巻行進を行なわないで、いわゆる通常の行進形態で本件集団示威運動が行なわれても、参加者の統一的意思を参加者以外の者に認識せしめる手段、方法が制限され、表現の自由を侵すというものということはできない。(疎乙第二〇号証の一乃至三)

ウ 宣伝用自動車以外の車両を行進に参加させないこと

本件集団示威運動は八〇〇名の人員により行なわれる集団示威運動であるからそれに必要な宣伝用自動車は格別、宣伝用自動車以外の車両を参加者とともに行進に参加させるならば、集団示威運動の秩序を保持することが困難となり、参加者自身に危険が及ぶおそれがあることはもちろん、その周辺における交通上の危険が生ずるおそれもあるので、本条件は必要である。

エ 旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとすること。

旗、プラカード等の大きさは、表現の手段としての見地からは特に規制すべきものでないとしても、参加者自身の危険防止および一般交通の安全を確保するためにはこれを無制限とすることはできない。たとえば隊列の幅よりも広い物件を携行することは危険であるのでこの条件は必要である。

オ 旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと。

集団示威運動の参加者が旗ざお等を利用して隊伍を組むことは経験上しばしば見られるところであるが、このような隊伍の組み方をすることは、集団示威運動の物理的力がその先頭部分に集中し隊列中の参加者がてん倒する等により危険が及ぶことはもちろん、交通整理の警察官に突き当つたり、あるいは通行中の第三者を混乱の中にまき込むおそれがあるのでこれらを防止するうえに必要な条件である。(疎乙第二一号証)

第三本件執行停止申立てを容認することは公共の福祉に重大な影響がある。

一 国会議事堂周辺における静穏保持の必要性について

元来、国会は国権の最高機関として、国会議員、国務大臣等が国政を審議する場合、いかなる者からも物理的圧力、心理的威迫、その他の妨害等を受けることのない静穏な環境の中におかれるべきものであつて、これが常に保障されることにより国会の審議権の公正な行使が確保されることは議会制民主主義国家における最大かつ絶対の要請である。

そして、国会議事堂の周辺には、国会議事堂を中心として、国会図書館、衆、参議院議員会館(三棟)、衆、参議院議員面会所、衆、参議院車庫、衆、参議院議長公邸、総理官邸、総理府および政党本部等国政審議に必要な各機関、施設が所在し(疎乙第二二号証、疎乙第二三号証)、国会開会中は、衆、参両院における本会議、委員会等における審議、その他各種折衝、連絡、打ち合わせ等に随伴して、両院議員、国務大臣、政府委員その他国政審議に関係する者が、国会議事堂およびその他右関係施設へ出入往来することとなるが、国政審議権の公正な行使を確保するためには、これらの登退院、出入、往来の自由の確保が絶対必要な条件となるのである。

換言すると、国会が正当に選挙された全国民を代表する議員によつて構成され、憲法上国権の最高機関とされている以上国会議員その他国政審議に関係する者が静穏の環境のなかでなんらの妨害なく、国政審議権を公正に行使することと、これら議員等の登退院等の自由が確保されることは議会制民主政治の基盤をなすものであつて、いわば、国民全体の利害にかかわるところであり、まさに公共の福祉そのものというべきである。

二 過去における国会議事堂周辺の集団示威運動について

集団示威運動は、前記第二の二において述べるとおり、その本質として「本来、平穏に秩序を重じてなさるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、暴力に発展する危険性のある物理的力を内包している」(前記大法廷判決)のであつて、このような危険性は、事前の法的規制によつて完全に除却できるという性質のものではなく、危険発生の度合は主催者(団体)の性格のみによつて判断されるものでなくその集団示威運動の日時、場所、目的、参加者の性格、その他諸般の情況により、容易に不穏な集団に転化して、暴力により国会構内へ乱入したり、議員の登退院を妨害したりして、国政の審議権の公正な行使を阻害するものであることは、公知のこととも言えるのであり、以下述べる二、三の事例に徴しても明らかである。

例一

議事堂周辺において、著しくけん騒をきわめて国政審議および議員活動を妨害し、さらに議事堂構内へ乱入して国政審議に直接重大な脅威を与えたもの(疎乙第二四号証の一乃至六)。

1 第七回国会開会中の昭和二五年三月九日、約一万名の集団示威運動参加者(以下デモ隊という。)が議事堂後庭に乱入し、さらに議事堂内への侵入を図つた。

2 第九回国会開催中の昭和二六年一〇月一日約四、〇〇〇名のデモ隊が柵を乗り越えて議事堂構入へ侵入した。

3 第三三回国会開会中の昭和三四年一一月二七日約二万人のデモ隊が二度にわたつて議事堂構内へ乱入し約一時間にわたつて占拠した。

4 第三四回国会中の昭和三五年六月一五日夕約四、〇〇〇名のデモ隊は、衆議院南通用門の門扉を破壊して議事堂構内へ乱入し約三時間にわたつて中庭を占拠した。

例二

議事堂周辺において著しくけん騒をきわめて、衆、参両議院の正門、通用門前道路を長時間占拠して議員の登退院に支障を生ぜしめ、または、議員面会所、議員会館の出入口を塞ぎ、けん騒をきわめて議員活動を妨害したもの(疎乙第二五号証の一乃至四)。

1 第三八回国会開会中の昭和三六年六月二日約六、〇〇〇名のデモ隊が衆議院第一議員会館前で集団示威運動を行ない、議員会館の出入および議事堂裏道路の通行をと絶させた。

2 第四二回国会開会中の昭和三七年一二月一四日約四、〇〇〇名のデモ隊が議事堂裏道路で集団示威運動を行ない、参議院議員面会所前道路上にすわり込んで気勢をあげ同所の出入を阻害した。

3 第五〇回国会開会中の昭和四〇年一〇月一二日には約三〇〇名、同月一五日には九〇〇名のデモ隊が参議院議員面会所前道路にすわり込み気勢をあげて同所の出入を阻害した。

4 第五五回国会開会中の昭和四二年五月一二日約四六〇名のデモ隊が衆議院議員面会所前道路上にすわり込んで気勢をあげ同所の出入を阻害した。

右のような集団の威力の濫用は、議会政治、民主政治の破壊的行為であり、公共の福祉に重大な影響を及ぼす結果となるのである。そして議事堂周辺における集団示威運動については、右のような危険が内包されているのである。

また、本件集団示威運動の許可には、進路の変更に関する事項を除くほか、集団示威運動の秩序保持に関する事項、危害防止に関する事項および交通秩序維持に関する事項として八項目の条件を付しているが、仮に、この条件が完全に遵守されたとしても、高声による放歌、かけ声、演説、シユプレヒコール等を手段とした集団的圧力が国会審議に著しい影響を及ぼすことを防止することは不可能である。また、集団示威運動の参加者が条件を遵守しない行動にでることがしばしばあるのは、経験の示すところであつて、そのような状況は右の許可条件下の状況を一層激化させたものとなるのは当然である。

三 諸外国にみられる国会議事堂周辺地域における集団行動の規制について

国会議事堂周辺地域における集団示威運動が、その内包する危険性から国政審議権に影響を及ぼし、公共の福祉に重大な影響を与えるおそれがあることは右に述べたところであるが、この見地からする集団示威運動に対する規制は、現にアメリカ、イギリス、ドイツ等諸外国においても行なわれているのである。(疎乙第二六号証の一)すなわち、アメリカにおいては、合衆国法典一九四六年版第一九三条は「……合衆国議事堂区域においては、行列又は集団をなして行進し、立ち止り又は動くこと、並びになんらかの党派、団体又は運動を公衆に知らしめる意図で用意された旗、幟その他の物を掲げることは禁止される」と規定し、イギリスにおいては一六六一年の不穏請願法、一八一七年の不穏集会法で「一〇人を超える人数の者が請願提出の目的をもつて議院に寄り集つてはならないこと、及び国会議事堂の門から一マイル以内において、五〇人を超える人数の者が議会の開かれている日に、両院又はいずれかの一院に対する請願、抗議、その他希望の陳述について審議し又は準備するために集会してはならないこと」を定め(疎乙第二六号証の二)、ドイツにおいては、刑法第一〇六条をもつて「連邦若しくは州の立法機関及び連邦憲法裁判所の建物の周囲の囲壁を繞らした禁制区域内で、公開の屋外集会、又は行進に参加し、よつて故意にこの禁制区域に関して制定された規定に違反した者は、六月以下の軽懲役、又は罰金に処する。」「前項の規定に違反して囲壁を繞らした禁制区域内で行なわれる集会若しくは行進に参加するよう勧誘した者は二年以下の軽懲役に処する。」と規定しているが、(疎乙第二六号証の三、四)、これらはいずれも立法府における国政審議権および同法府における裁判権の公正な行使を保障することが、公共の福祉の見地において当然なりとの見解に立つものである。

四 以上の次第であるから、相手方が、東京都公安条例第三条第一項但書第六号の規定に基づき、公共の秩序を保持するためやむを得ない場合にあたると認めて必要最小限度において付した条件についての本件申立てを容認することは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすものであるといわざるを得ないのである。

第四本件申立てには処分の執行によつて生ずる回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はない。

申立人は、「健保共済改悪反対、全国一律最賃制確立、失保改悪反対、CO中毒立法制定、刑法改悪反対、ILO一〇五号条約批推、公務員賃金一律八、〇〇〇円引上げ」をスローガンとしてかかげ、集団示威運動を行なう計画であるが、集団示威運動は、前記第二の二に述べたとおり、元来何らかの思想、主張等を広く一般大衆に訴えんとするものである(昭和三五、七、二〇最高裁大法廷判決)ところ、本件許可申請にかかる集団示威運動の進路は日比谷大音楽堂会場から土橋まで全長約四、一キロメートルで、そのうち本件許可処分において変更したのは、国会議事堂周辺(大蔵裏交さ点~衆議院南通用門~同通用門~参議院第二通用門前~永田町小学校裏間)の約一、一キロメートルに過ぎない。しかも右変更により行進することとした進路は大蔵裏交さ点~溜池交さ点~永田町小学校裏の間であつて、右進路を行進することにより申立人の主張する本件集団示威運動の目的を達するにつき格別支障があるとは認められないのである。

さらに直接国会に対して申立人らの意思を伝達し、これを国政に反映させるためには請願の道が開かれており、また、請願のための集団行進の許可申請があつた場合は、相手方は従来からもこれを許可しており、申立人においてはこのことは十分諒知していることなので、これらの方法をとることにより申立人らが本件集団示威運動により達しようとした前記目的は容易に遂げられるのである。

よつて、申立人には本件許可処分の条件の部分の効力停止を求むべき緊急の必要性は存しない。

なお、申立人は、本訴ならびに本件執行停止申立てと全く同様の訴訟を昭和四二年七月八日御庁に提起し、同事件は民事第三部に係属したが、申立人は同月一〇日、これを取下げ(疎乙第二七号証の一乃至三)、しかるのち、本訴ならびに本件停止申立を提起し、事件は民事第二部に係属することとなつたのである。このことは、申立人自ら本件執行停止を求める緊急の必要性を否定したものともいうべく、かつ、訴権を濫用したものにほかならない。

第五結語

以上のとおり、本件許可処分において、進路変更の条件を付したことは、国政審議権の行使の公正を図り、国会議事堂周辺の平穏を保持するためやむを得ない処置であるから、これによつて、申立人の行動に多少の制限がなされたとしてもそのことをもつて本件許可処分が違法視される理由はない。

何となれば申立人の国会に対する表現の自由は、もともと公共の福祉の範囲内において利用すべきものであるのみならず、申立人は本件許可申請書記載の行動以外にも請願その他によつて十分に表現し得るものであるところ、これに反し、国会議事堂周辺の秩序は国民が維持すべき最も高度の秩序であつて、万が一にもこれを乱されることがあつてはならないものであるから両者を比較衡量すれば、国会議事堂周辺の秩序保持が尊重されるべきは明らかであつて、本件許可処分の正当であることについては疑いをいれる余地はない。

疎明方法<省略>

別紙三の一

集会集団示威運動 許可申請書

一、主催者住所氏名所属地位電話番号 東京都港区芝公園八号地ノ二総評本部内 春闘共闘委員会 電話(四三一)八一一五~九

二、他府県の場合は連絡責任者住所氏名        議長 堀井利勝

三、実施月日                    七月十二日

1 集合開始時刻 午前十二時三〇分  2 演説開始時刻 午後一時〇分

3 行進開始時刻 午後一時三〇分  4 解散時刻 午後四時〇分

四、行進順路              日比谷西幸門~大蔵省横~国会南通~衆参議面~永田小裏~日英自動車~虎の門~新橋・土橋

五、集合場所              日比谷野外音楽堂

六、解散場所              新橋・土橋

七、主催団体名             春闘共闘委員会

八、参加予定団体名及その代表者住所氏名 春闘傘下各県共闘代表

九、参加予定人員            八〇〇名

十、集会又は集団示威行進の目的     対政府四大要求実現のため

十一、集会又は集団行進の名称      春闘第七次統一行動全国代表者会議宣伝カー一台

十二、現場責任者の住所氏名       東京都港区芝公園八号地ノ二総評本部内春闘共闘委員会 蛯谷武弘 電話(四三一)八一一五~九

昭和四十二年七月五日

右蛯谷武弘

東京都公安委員会殿

東京都公安委員会指令第五四三号

申請の件別紙条件をつけてこれを許可する。

昭和四十二年七月七日

東京都公安委員会

この処分について不服があるときは、東京都公安委員会(警視庁警備部警備課経由)に対して、この処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内に異議申立てをすることができます。

昭和四十二年七月十二日 春闘共闘委員会主催集会および集団示威運動

別紙三の二

条件書

本件集会および集団示威運動を許可するにあたり左記の条件をつける。

主催者は、参加者に対し条件を周知徹底させて、集会および集団示威運動の秩序を保持し、現場責任者およびその補助者は、役職を明示した標識をつけ責任区分を明らかにされたい。

一、秩序保持に関する事項

解散地では到着順にすみやかに流れ解散すること。

二、危害防止に関する事項

1 鉄棒、こん棒、石、その他危険な物件は一切携行しないこと。

2 旗ざお、プラカード等のえ(柄)に危険なものを用い、あるいは危険な装置を施さないこと。

三 交通秩序維持に関する事項

1 行進隊形は五列縦隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、各てい団間の距離はおおむね一てい団の長さとすること。

2 だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、すわり込みおよび先行てい団との併進、追い越し、またはいわゆるフランス・デモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。

3 宣伝用自動車以外の車両を行進に参加させないこと。

4 旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとすること。

5 旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと。

四、進路の変更に関する事項

公共の秩序を保持するため、申請にかかる集団示威運動の進路を次のとおり変更する。

日比谷大音楽堂~西幸門~霞が関派出所前交さ点~大蔵裏交さ点左~三年町交さ点~溜池交さ点右~山王下~ホテルニユージパン角右~永田町小学校裏右~永田町派出所前~日英自動車角左~溜池交さ点~虎の門交さ点~西新橋一丁目交さ点~新橋大ガード手前左~第一ホテル角右~土橋(解散地)

(図面省略)

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